大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1380号 判決

上告人

井町タクミ

土田日名子

井町嘉伸

井町公彦

右四名訴訟代理人弁護士

川岸伸隆

被上告人

亡新谷愛子訴訟承継人

新谷太枝子

新谷信夫

新谷康子

右三名訴訟代理人弁護士

内山新吾

主文

原判決中、共有物分割請求に関する部分を破棄する。

前項の部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人川岸伸隆の上告理由について

一  原審の確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経過等は、次のとおりである。

1  亡井町平次良、亡ヨシエ夫婦の長女である上告人井町タクミ、その夫であり同夫婦の養子である井町文一及び二女である新谷愛子(承継前の被上告人。以下「愛子」という。)の三名は、昭和四〇年七月八日、萩信用組合から原判決添付物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)を持分各三分の一の割合で買い受けた。本件不動産は、かつて亡井町平次良及びその先代が所有していたものであり、一時萩信用組合に所有権が移転していたのを、右三名が共同して買い戻したものであった。

2  井町文一は、昭和六一年一一月三日に死亡し、同人の右持分は、上告人井町タクミ及び子であるその余の上告人らがそれぞれ法定相続分に従って取得した。その結果、本件不動産についての共有持分は、上告人井町タクミが一八分の九、その余の上告人らが各一八分の一、愛子が一八分の六となった。

3  本件不動産のうち原判決添付物件目録記載一ないし三の土地上には、ほぼ一杯に同目録記載四の建物(以下「本件建物」という。)が存在しており、しかも、本件建物は、構造上一体を成していることから、上告人らと愛子の持分に応じた区分所有とすることができず、したがって、本件不動産を現物分割することは不可能である。

4  愛子は、昭和四八年以来、本件建物に居住し、本件建物に接する平屋建ての建物において薬局を営み、その営業収入によって生活してきたが、そのことについては、上告人らとの間に特段の争いもなく推移してきた。他方、上告人らは、それぞれ別に居住していて、必ずしも本件不動産を取得する必要はない。

5  上告人らは、愛子が本件不動産の分割協議に応じないため、本件不動産の共有物分割等を求める本件訴えを提起したものであるが、本件不動産の分割方法として、競売による分割を希望している。これに対し、愛子は、自らが本件不動産を単独で取得し、上告人らに対してその持分の価格を賠償する方法(以下「全面的価格賠償の方法」という。)による分割を希望していた。

6  原審で実施された鑑定の結果によれば、本件不動産の評価額は合計八二六万三〇〇〇円であり、仮にこれを競売に付したとしても、これより高価に売却することができる可能性は低い。

二  原審は、(1) 民法二五八条による共有物分割の方法として、全面的価格賠償の方法を採ることも許される旨を判示した上で、(2) 右一の事実関係等の下においては、本件不動産の分割方法として全面的価格賠償の方法を採用するのが相当であるとし、競売による分割を命じた第一審判決を変更して、本件不動産を愛子の単独所有とした上、愛子に対して上告人らの持分の価格の賠償を命じた。所論は、原審の右(1)、(2)の判断に民法二五八条の解釈適用の誤りがあるというものである。

三  そこで検討するに、原審の右(1)の判断は是認することができるが、右(2)の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  民法二五八条二項は、共有物分割の方法として、現物分割を原則としつつも、共有物を現物で分割することが不可能であるか又は現物で分割することによって著しく価格を損じるおそれがあるときは、競売による分割をすることができる旨を規定している。ところで、この裁判所による共有物の分割は、民事訴訟上の訴えの手続により審理判断するものとされているが、その本質は非訟事件であって、法は、裁判所の適切な裁量権の行使により、共有者間の公平を保ちつつ、当該共有物の性質や共有状態の実状に合った妥当な分割が実現されることを期したものと考えられる。したがって、右の規定は、すべての場合にその分割方法を現物分割又は競売による分割のみに限定し、他の分割方法を一切否定した趣旨のものとは解されない。

そうすると、共有物分割の申立てを受けた裁判所としては、現物分割をするに当たって、持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることができる(最高裁昭和五九年(オ)第八〇五号同六二年四月二二日大法廷判決・民集四一巻三号四〇八頁参照)のみならず、当該共有物の性質及び形状、共有関係の発生原因、共有者の数及び持分の割合、共有物の利用状況及び分割された場合の経済的価値、分割方法についての共有者の希望及びその合理性の有無等の事情を総合的に考慮し、当該共有物を共有者のうちの特定の者に取得させるのが相当であると認められ、かつ、その価格が適正に評価され、当該共有物を取得する者に支払能力があって、他の共有者にはその持分の価格を取得させることとしても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が存するときは、共有物を共有者のうちの一人の単独所有又は数人の共有とし、これらの者から他の共有者に対して持分の価格を賠償させる方法、すなわち全面的価格賠償の方法による分割をすることも許されるものというべきである。

したがって、これと同旨の原審の前記(1)の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の前記大法廷判決は、価格賠償をもって現物分割の場合の過不足を調整することができる旨を判示しているにとどまり、右の判断はこれに抵触するものではない。この点に関する論旨は採用することができない。

2  次に、本件について全面的価格賠償の方法により共有物を分割することの許される特段の事情が存するか否かをみるに、本件不動産は、現物分割をすることが不可能であるところ、愛子にとってはこれが生活の本拠であったものであり、他方、上告人らは、それぞれ別に居住していて、必ずしも本件不動産を取得する必要はなく、本件不動産の分割方法として競売による分割を希望しているなど、前記一の事実関係等にかんがみると、本件不動産を愛子の取得としたことが相当でないとはいえない。

しかしながら、前記のとおり、全面的価格賠償の方法による共有物分割が許されるのは、これにより共有者間の実質的公平が害されない場合に限られるのであって、そのためには、賠償金の支払義務を負担する者にその支払能力があることを要するところ、原審で実施された鑑定の結果によれば、上告人らの持分の価格は合計五五〇万円余であるが、原審は、愛子にその支払能力があった事実を何ら確定していない。したがって、原審の認定した前記一の事実関係等をもってしては、いまだ本件について前記特段の事情の存在を認めることはできない。

そうすると、本件について、前記特段の事情の存在を認定することなく、全面的価格賠償による共有物分割の方法を採用し、本件不動産を愛子の単独所有とした上、愛子に対して上告人らの持分の価格の賠償を命じた原判決には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるというべきであり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があるから、原判決中、共有物分割請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人川岸伸隆の上告理由

原判決は、その理由中において、「民法二五八条の規定による共有物の分割の場合においても、現物分割が不可能である場合において、共有物の種類及び性質、各共有者の年齢、職業、生活の状況その他の事情を考慮して当該共有物を共有者のうちの一人の単独所有あるいは数人の者の共有にするのを相当とする特別の事情があると認めるときは、共有者の一人又は数人に共有物の全部を取得させる代りに、他の共有者に対し債務を負担させて競売による代金分割に代えることができると解するのが相当である。」「従って、現物を物理的に分割することが不可能であるか又は分割により著しくその価格を損ずることになる場合であっても、前示のとおり、共有物の種類及び性質、各共有者の年齢、職業、生活の状況その他の事情を考慮するときは、競売による代金分割の方法によることが相当でなく、かつ、価格賠償の方法によるも、共有者間の公平を害する虞れがないと認められるときは、共有物の分割を求められた裁判所としては、現物分割の一態様として前示のいわゆる価格賠償の方法による分割を命ずることができるものというべきである。」と判示し、これを本件に適用して、本件共有物である各不動産(以下本件物件という。)を被上告人の単独取得とし、かつ、上告人らに対し、価格賠償を受けるのと引換えに、本件物件の上告人らの各持分権につき、それぞれ所有権移転登記手続をすべく命じた。

しかしながら、右は、民法二五八条の解釈を誤ったものか、或いはその言うところの「特別の事情」の解釈を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違反がある。以下、述べる。

一、最高裁判所昭和五九年(オ)第八〇五号昭和六二年四月二二日大法廷判決によれば、次のように判示されている。即ち、

「民法二五八条による共有物分割の方法について考えるのに、現物分割をするに当たっては、当該共有物の性質・形状・位置又は分割後の管理・利用の便等を考慮すべきであるから、持分の価格に応じた分割をするとしても、なお共有者の取得する現物の価格に過不足を来す事態の生じることは避け難いところであり、このような場合には、持分の価格以上の現物を取得する共有者に該当超過分の対価を支払わせ、過不足の調整をすることも現物分割の一態様として許されるものと(中略)解すべきである(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁(中略)は、右と抵触する限度において、これを改める。)。」

右は、共有物の現物分割において、微調整的な価格賠償の方法も許されるものとし、これを消極に解していると思われる右最三判昭三〇・五・三一をその限りにおいて変更しているものである。

従って、共有物の分割において、価格賠償の方法が可能なのは、飽くまで現実の「現物分割」が前提となっている場合であり、その現実の現物分割において、共有者の取得する現物の価格に過不足が生じた場合の微調整としてこれを許しているものに過ぎないのである。

かくて、民法二五八条は、共有物の分割について、現物分割か、或いは、これが不可能又は著しく価格を損ずるときには、右判例で認める場合の価格賠償以外には、競売による代金分割しか認めていないものと解釈すべきである。

二、ところで、本件では、本件物件をそれぞれの持分に応じた現物分割をもって分割することができないことについては、原判決の適法に認定した事実のとおりであるから、そもそも価格賠償による分割を許す場合の前提(現実の現物分割)を欠いている。

従って、本件の共有物分割の請求に対しては、民法二五八条二項が適用され、共有物の競売による代金分割によられるべきが筋である。

ところが原判決は、右のとおり現実の現物分割が出来ないことを認めておきながら、共有者四名のうち持分計三分の二を有する三名の分割請求に対し、前記微調整どころか、分割対象の本件物件を全て被上告人一名の単独所有とし、他の三名の上告人には、価格賠償を受けるのと引換えに持分権につき所有権移転登記手続をするよう命じているものであって、これは、明らかに民法二五八条の解釈を誤り、かつ、前掲最高裁判所昭和五九年(オ)第八〇五号昭和六二年四月二二日大法廷判決にも違背しているものであって、判決に影響を及ぼすべきこと明らかな法令の違反があること明白である。よって、原判決主文第一項は取り消され、更に相当な裁判がなされるべきである。

三、なお、原判決は、右冒頭掲記のような解釈をとった理由として、同じ非訟事件である遺産分割事件では家事審判規則一〇九条により価格賠償をもって現物分割に代えることが出来る旨の規定があるのに、民法で価格賠償の方法による分割方法の途がなく、競売による代金分割によるほかないというのは不都合であるから、民法も、現物分割の一態様として価格賠償の方法を許しているものと解されるというのであるが、微調整ではなく、一〇〇%価格賠償というのは、文理からいっても「現物分割の一態様」とは決してならないものであるほか、そもそも遺産分割では、被相続人に属した一切の財産が分割の対象とされ、さまざまな遺産を一括して共同相続人に分配するものであり、しかも、遺産のなかには、相続人のうちの一人に帰属させるのが適当とされるものも含まれているのに対し、通常の共有物分割については、通常一個の財産につき、各共有者の持分権をその価格の割合に応じて単独所有化する観点からなされるものであるから、二者を同じに論じることは出来ないのである。

かくて、上告人らは、被上告人に本件物件の三分の一の持分権あることを前提に本件訴訟を進めてきているけれども、そもそも本件共有物分割の対象物件は、亡井町文一が単独で訴外萩信用組合から買い戻したのが実情であること、仮にそうでなくても遺産でないことが明らかであるほか、同時に多数の性質の異なった共有物の分割請求をしているものでもないのであるから、この点からも、これの分割を遺産分割に準じて考えるべき理由はないのである。

四、又、原判決は、上告人らが、競売による代金分割の方法に固執するのは理解できないというのであるが(なお、その理由として、上告人らの心情的目的は現物分割によるほかは達成できない筈だというのはおかしい。上告人らの目的は、競売による代金取得ででも達成できる。)、本件では、対象物件の所在する地域の特殊性により、同地域の漁業を営む家族の次男以下の独立に際しては、その居住する同地域内の不動産の需要が極めて高まり、著しく高額でこれが取引されるという事情にあるから、売り方(その時期も含めて)によれば、本件の鑑定で認められる額よりもずっと高額で取引できる見込がある。したがって、観念的には鑑定価格が正常価格とされても、換価につき極めて利害を有する共有者としては、右のような観念的に妥当とされる価格ではなく、実勢価格により換価し、これにより各共有者間において公平に分配されることを願うのは当然であり、そうした場合、これが公平に実現する方法としては、競売が最も適しているということになるのである。尤も、一般には、競売に付せば価格が下がるという見方もあるが、本件では、対象物件の特殊性からくる実勢価格による取引の実現のために、競売になれば、当然上告人らが納得する価格で買入申込をすることを予定しており、これに対抗して被上告人も買入申込をすれば、最も公平な価格が保証されるのである。それにもかかわらず、原判決が、「鑑定価格に従って価格賠償の方法により本件不動産の分割を命じても、何ら共有者間の公平を害するおそれはない」とするのは、鑑定価格よりも高価に売却できる可能性があることを認めるに足る証拠はないからということなのであるが、そのような形式論理で、共有者の実勢価格による換価の利益を抹殺してしまうのは極めて妥当性を欠くものと言わざるを得ない。けだし、鑑定価格より高価に売却できる「可能性」は、特段に証拠がなくても経験則上どのような場合でも常に認められると言って差支えないし、実際に売れるかどうかについては、正に実勢価格であるから、予めの立証は不可能又は著しく困難であること明らかであり、従って公平を期待するのであれば、競売に付す以外に方法がないからである。

五、因に、原判決は、被上告人が本件物件を生活の本拠にしていることから、これが競売になって第三者の所有に帰すれば、右本拠を失うであろうことに同情して判断したのではないかとも窺えるが、もしそうであれば、もともと被上告人が本件物件に住まうようになったこと自体何の根拠もない勝手なことであったものであるから、これに同情するのは、不法占拠に同情するのと似ていることとなり、理由がないし、又、競売になれば、被上告人においてその希望する価格で買入申込をすれば足りることであり、その結果仮に競落できなくても、その時は持分に見合う他の不動産を取得できるだけの分配金が入るのであるから(又これが入るように買入申込をすればよいのであるから)、何も不公平・不適切が生じないと言わなければならない。

六、如上の通りであるから、本件において、仮に本件物件の共有者全員又はその大半の持分権者が価格賠償による分割を希望しているという特別の事情があるような場合なら未だ許せるにしても、そのような事情のない本件においては、原判決には、民法二五八条の解釈の明らかな誤りがあり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると言うべきであるから、これに基づく原判決主文第一項は、取り消されるべきであり、且つ、第一審判決主文第二項のとおりの判決が言い渡されるべきである。

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